「F1の荒法師」 ナイジェル・マンセル (その2)

ガソリン漏れのコクピットのなかで......

マンセルの走りに惹かれていた男がいた。チーム・ロータスの総帥コーリン・チャップマンである。チャップマンは、まずマンセルにロータスのインスペクターの仕事を世話した。元々マンセルは、流体力学を専攻するエンジニアだったからである(23歳当時)。

翌1980年、ロータス・タイプ81のマシン開発中、ついこのクルマに乗れるチャンスが訪れた。それは第10戦オーストリア・グランプリ(オステルライヒリンク)であった。

ロータス81/DFVは、しかし彼にやさしくはなかった。スタートを待つマンセルのマシンのコクピットに、信じられない話だが、燃料が漏れて進入してきていたのだ。

チーム・クルーの制止にもかかわらず、マンセルはスタートを切ってしまった。だが、容赦なく進入してくるガソリンは、彼の身体に浸透し、かゆみが、そして痛みが走った。そんな状況の中でもマンセルは走りに走り、13位まで順位を上げたが、41周め、人間より先にエンジンが悲鳴を上げてストップ。リタイアに終わった。

念願のF1初ポイントは、ベルギーのゾルダー・サーキットで挙げた。
ジル・ビルニューブと激しいつばぜり合いを演じての3位入賞であった。マンセルにとって、生涯忘れることができない一戦であったに違いない。ロータス・チーム2年めのことである。

また、アメリカ・グランプリ(デトロイト)で、マンセルはブルーノ・ジャコメリのアルファロメオに追突してしまった。後輪に乗り上げ、左腕をステアリングに挟むという大事故であった。

マンセルはこの後、1レースは欠場したものの、イギリス・グランプリには腕に炎症を起こしながらも復帰。地元のファンや関係者に大いに感銘を与えたという。いかにもマンセルらしい話である。

『続く』

モーターレーシング歴史館より

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画像
Photo:Lotus81


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