「F1の荒法師」 ナイジェル・マンセル (その3)

どこまでも「つきのない」マンセル

1985年、マンセルはウイリアムズ・チームに移籍した。そして10月6日、ブランズハッチのヨーロッパ・グランプリでF1初優勝(FW10/ホンダ)を遂げている。

ロータス97T/ルノーに乗るセナ、ブラバムBT54/BMWのピケと激しいバトルを繰り広げ、ダートに車輪を落としながらもトップを守り切ったのである。

ブランズハッチは8年ぶりのイギリス人勝利に沸きに沸いた。このレースを皮切りに快勝をつづけたマンセルは、得点31で世界選手権ランキング6位に着けている。

1986年は、マクラーレンのアラン・プロストとワールド・チャンピオンの座を賭けて、壮烈な戦いを繰り広げた。ところが、最終戦オーストラリア・グランプリで、しかも51周めに左リヤタイヤ・バーストでリタイア。悔し涙にくれたのである(プロスト72点、マンセル70点)。

翌87年も、マンセルはつかみかけた王者の地位を寸前のところで逃がしてしまう。チャンピオン争いは、同僚のネルソン・ピケを相手に行なわれた。勝敗を分けたのは第15戦の日本グランプリ。

公式予選で、縁石に乗り上げスピン、マシン(ウイリアムズ11B・ホンダ)は宙を舞って、地面に叩きつけられたのだ。

マンセルは脊髄を激しく痛め、決勝レース出場は医師団に禁止されてしまった。けっきょくチャンピオンの座は、宿敵ピケの手に落ちた(ピケ73点、マンセル61点)。どこまでもツキがない、と言ってしまえばそれまでなのだが......

『続く』

モーターレーシング歴史館より

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画像
Photo:Williams FW10 HONDA(Wikipediaより


"YouTube"の動画より、1985年、ブランズハッチのヨーロッパ・グランプリでナイジェル・マンセルがF1初優勝(FW10/ホンダ)を遂げた時の映像
YouTube - F1 1985 FIA Review - 14 Brands Hatch

全開 マンセル自伝
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