崇高の騎士 アイルトン・セナ (その1)

第1回は、アイルトン・セナです。13年前の5月1日、イモラのレースでの事故がありました。当時、セナファンだった私には、テレビが映し出した事故の映像が信じられず、言葉に出来ない大きなショックを受けました。

それから、13年の月日が経ちました。ファンにとっては、未だその走りの輝きは消えることのないセナのものがたりを今日から何回かに分けて、アップしていきたいと思います。

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Pioneer LDC 「F1 GRAND PRIX1991」より

【崇高の騎士 アイルトン・セナ】

忘れもしない1994年5月1日、イモラに散った不世出のドライバー、アイルトン・セナ。モータースポーツ・ファンならずとも、この天才ドライバーの名を知らぬ者はいない。世界中のファンに愛され、そして逝ったセナ。2001年F1グランプリが開幕し、セナの7回めのメモリアルが近づいたこの春に、彼の生涯を振り返る決心をようやくした。ジム・クラーク、ヨッヘン・リント、ロニー・ピーターソン、ジル・ビルニューブ・・・・きら星輝く、名ドライバーのなかでも、ひときわ輝く星でもあったアイルトン・セナ。「伝説の名ドライバー列伝」第1回は、セナの「流れ星」を追った。

カートからフォーミュラ・フォードへ

1960年(昭和35年)3月21日、アイルトン・セナ・ダ・シルバ(Ayrton Senna da Silva)は父ミルトン、母ネイジのあいだの2番めの子供(長男)としてブラジル・サンパウロに生まれた。

4歳の時、父から贈られたカートを乗りまわす。それが、セナのモーターレーシングへの道の第一歩であった。

「好きこそものの上手なれ.」という言葉があるが、まさにセナがそうであった。カートでメキメキ腕を上げていった14歳(1974年)の時、サンパウロ・ジュニアに優勝、翌75年ブラジル選手権に2位。そして1979年、ポルトガルのエストリルで行なわれた世界カート選手権では総合2位にまでなっていた。

1981年には、カートと共にフォーミュラ・フォード(FF)1600にもステップアップ、タウンゼント・トレンセン選手権・優勝、82年にはフォーミュラ・フォード2000で、ヨーロッパ・イギリス選手権・優勝と快進撃をつづけた。

こうしてセナは、1983年にはフォーミュラ3へと進み、イギリス選手権でラルトRT3・トヨタに乗車、のちのグランプリ・ドライバー、マーチン・ブランドルと激しいつばぜり合いを演じ、その末に優勝(全20戦中、9連勝を含み12勝)を勝ち取っているのだ。


トールマン・ハートでF1デビュー

フォーミュラ3で選手権を争っていたその時期にセナは、実はF1を初ドライブ(1983年7月19日)している。しかもマシンはウイリアムズ。しかしセナのF1デビュー・シーズン(84年)でのマシンは、ロリー・バーンがデザインしたトールマンTG183B(現在のベネトンの前身)・ハートであった。

トールマンを駆ったこの年、セナはモナコ・グランプリで早くも初入賞を果たす。豪雨の中のレースで、しかもファステスト・ラップを叩き出しながら、マクラーレン・TAGポルシェに乗ったアラン・プロストに次いでの2位入賞を果たしたのだ。3位を2回含むトータルポイント13で、セナは1984年ワールド・チャンピオンシップ9位となっている。

F1に華々しいデビユーを飾ったセナは翌85年シーズンは、名門ロータス・チームからの出場となった。ルノー・チームからターボ・エンジンのサプライを受けていた同チームのマネージャー、ピーター・ウォア(第1回日本グランプリに出場している)から、強力にチーム入りを誘われたセナは、これを受諾、ロータス97T・ルノーのステアリングを握ったのである。

セナとロータス97Tのコンビは、初戦のブラジルこそリタイアしたものの、2戦めのポルトガル(エストリル)ではもののみごとにF1開花しているのである。ポールポジションを取ったセナは、決勝でもファステスト・ラップを叩き出す快調さで、彼自身F1・16戦めで初優勝を成し遂げたのだ(ロータスにとっては3年ぶり、しかも総帥コーリン・チャップマン亡きあとの初勝利でもあった)。「F1のセナ」記念すべき1戦であった。この年のセナは、ベルギーでも優勝し、都合1位・2回、2位・2回、3位・2回、ポールポジション7回の成績を残したのだ。トータル・ポイント38でチャンピオンシップは4位だった。

ロータス98TとルノーV6ターボのコンビは2年めを迎えた。その1986年の成績は、ポールポジション8回、優勝2回(スペイン、アメリカ)、2位・4回、3位・2回等で、総得点55の4位であった。

『続く』

モーターレーシング歴史館より


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  • 13回目の5月1日

    Excerpt: (とりあえず携帯から) またこの日が来ました。 毎年思い出さずにはいられない。 ついに今年はサンマリノGPがカレンダーから消えてしまいました でもSENNAの思い出は消えないよ。 .. Weblog: 流されてドコまで行くの racked: 2007-05-02 00:43
  • 5月1日

    Excerpt: いつまでも 我が心に アイルトン あれからもう13年か…。 人( ̄- ̄*)シミジミ ----- 伝説のF1ドライバー、アイ.. Weblog: 瞑想スタンドプレー racked: 2007-05-02 04:49
  • 5月1日

    Excerpt: 5月1日 スタート前の表情・・・  日本時間で1994年5月2日午前3時前に34歳の生涯を閉じてしまった・・・・。イモラの悪夢は決して忘れることができない週.. Weblog: 湘南のJOHN LENNON  Those were the days racked: 2007-05-02 13:40