「F1の荒法師」 ナイジェル・マンセル (その4)

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ウイリアムズFW14/ルノーをドライブするマンセル。 
1991 FUJI TV 日本グランプリ プログラムより


ランキング4位、5位、2位、そして王者に!

1989年、フェラーリ・チームに移籍。が、「タイプ640」の調子が全体的に良くなく(特にミッション系のトラブルに泣かされた)、期待ほどの成果は上がらなかった(38点/ランキング4位)。翌年も5位に終わる。

91年、古巣ウイリアムズにカムバック。相棒リカルド・パトレーゼと共に大活躍、一時は破竹の勢いに乗るセナ(マクラーレン・ホンダ)を止めるかと思われたが、またしても勝利の女神は彼に微笑まなかった(ランキング2位)。

そして1992年、マンセルはウイリアムズFW15/ルノーを駆ってついにF1の頂点に立った(決定:ハンガリー・グランプリ/ハンガロリンク)。それは念願の、というより悲願の達成、という言葉のほうがピッタリの形容であった。

チャンプになる前のイギリス・グランプリでこんな光景が見られた。

超満員に膨れ上がったシルバーストン・サーキット(イギリス・グランプリ)で、このレースを完全に席巻したマンセルが、熱狂するファンの前に表彰台で男泣きに泣いたのである。初めて見せるマンセルの涙であった。

もちろん、この涙にはマンセルにしか分からない、それこそいろんな要素を含んでいたに違いない。

『続く』

モーターレーシング歴史館より


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"YouTube"の動画より、1992年、マンセルとセナによる伝説のモナコ・グランプリの映像
YouTube - F1 - 1992 Senna Vs Mansell Monaco


1/18 ウィリアムズ FW14 マンセル ライドオン A.セナ
ミニチャンプス1/18スケール ウイリアムズ ルノー FW14 No.5/1991 N.マンセル




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